75歳で料理長への転職を実現!
料理一筋、最後にもう一度料理長として
東京都出身、75歳です。
中学卒業後、東京のフレンチで修行を始め、35歳で京都へ渡り京懐石を学びました。50歳では海外の5つ星ホテルで料理長を務め、その後65歳で帰国。埼玉でカジュアルフレンチのお店を開業しました。ところが、コロナ禍の影響で73歳の時に閉店することになりました。
その後はスポットシェフとして全国を回りながら仕事を続けていましたが、「残りの料理人人生、もう一度料理長として現場に立ちたい」という思いが強くなり、本格的に転職活動を始めました。
中学卒業後、東京のフレンチで修行を始め、35歳で京都へ渡り京懐石を学びました。50歳では海外の5つ星ホテルで料理長を務め、その後65歳で帰国。埼玉でカジュアルフレンチのお店を開業しました。ところが、コロナ禍の影響で73歳の時に閉店することになりました。
その後はスポットシェフとして全国を回りながら仕事を続けていましたが、「残りの料理人人生、もう一度料理長として現場に立ちたい」という思いが強くなり、本格的に転職活動を始めました。
70歳を超えた料理長探し…
当然ですが、70歳を超えて責任ある料理長として採用してくれるホテルはほとんどありませんでした。年齢だけで断られることも多く、気がつけば2年が経過。もう料理長として働くことは諦めるしかないのかと考えていた頃、知人から採用商店さんを紹介してもらいました。
もちろん簡単ではありませんでした。しかし、年齢だけを見るのではなく、和食・洋食の経験、自営経験、高級ホテルでの勤務経験、そして英語で対応できることなど、自分の強みを一つずつ整理してもらいました。
さらに、都心では若い人材が集まりやすいことから、あえて地方や離島にエリアを広げて求人を探すことを提案されました。
もちろん簡単ではありませんでした。しかし、年齢だけを見るのではなく、和食・洋食の経験、自営経験、高級ホテルでの勤務経験、そして英語で対応できることなど、自分の強みを一つずつ整理してもらいました。
さらに、都心では若い人材が集まりやすいことから、あえて地方や離島にエリアを広げて求人を探すことを提案されました。
半年かけて見つけた理想の職場
半年かけてようやく出会えたのが、離島にあるオーベルジュの料理長です。
既製品を使わず、一から料理を作れる環境で、小規模だからこそ自分の裁量で自由に料理を提供できます。ほぼ一人で厨房を任されるため決して楽な仕事ではありませんが、その分やりがいも大きく、毎日充実しています。
75歳になった今でも、料理人として必要としてもらえる場所があることに感謝しています。残りわずかな料理人人生だからこそ、一日一日を大切に、これからも料理と向き合っていきたいと思っています。
既製品を使わず、一から料理を作れる環境で、小規模だからこそ自分の裁量で自由に料理を提供できます。ほぼ一人で厨房を任されるため決して楽な仕事ではありませんが、その分やりがいも大きく、毎日充実しています。
75歳になった今でも、料理人として必要としてもらえる場所があることに感謝しています。残りわずかな料理人人生だからこそ、一日一日を大切に、これからも料理と向き合っていきたいと思っています。